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【夢】009-大学受験も夢物語 その2
≪大学受験も夢物語 その1≫読んでいない方はこちらからお読みください!⇒https://katou-keita.net/wp/blog/438/
そして、高校1年生の時、将来について真剣に考え始めた。
私は考えた結果、どうしても日本福祉大学で「福祉」を学びたいという結論になりました。
なぜ、そうなったのには、私の過去の経験からきています。
私は幼い頃から、スポーツ全般・野球が好きで、特にプロ野球の中日ドラゴンズのファンでした。小中学生の時にナゴヤ球場・ドームへ毎月のように家族で足を運んでいた時、ドームに移転してから内野に「車椅子席」が設けられていました。
しかし私は、ドラゴンズの半被を着て鉢巻してメガホンを持ち外野席で応援していました。車椅子席が設けてくれる事はありがたいが、通路にあるから何だか私はいやだったんです。それに内野席だから周囲はとても静かで大騒ぎして応援できない。
ドーム観戦・テレビ観戦でも大差で負けていても、逆転を信じてゲームセットまで見ます。
思い出に残る名場面として、1999年9月26日、中日対阪神27回戦9回表まで中日が2対1で勝っていたが、まさかの逆転3ランホームランを打たれ2対4と逆転された。
しかしその裏ノーアウトからランナー2人出てホームランバッターである山崎武司選手が初球をジャストミート、逆転サヨナラ3ランを放った事。
あの豪快なスイングは「一瞬で雰囲気を変えられるパワーの持ち主に、子どもながら魅力を感じ、あきらめない者には奇跡が起こる」と思った。同時に大興奮した記憶が残っています。
もともと山崎選手が大好きで、ホームラン王に輝いた翌年のオフに私が通う歯医者に慰問に訪れた。私は小学校2年生だった。彼にもちろんサインも抱っこもしてもらった。今でも一緒に撮った写真とサインは、大事に自宅の玄関に飾ってあります。
私は、重度障害者でスポーツをやるのは難しい。小学校から中学までの体育の時の楽しみといえば普通のバレーボールをアレンジした「ゴロバレー」。
それから、ボッチャに出会って大きく変わった経験を生かして、大学を受験したいと思うようになりました。
更に、私は多くの脳性麻痺者と「自分もスポーツがやれる」事を共有したい、スポーツをやってみたいという障害者はたくさんいるのではないかと考えました。
太字ただ「自分にはやれない」と思い込んでいるだけではないかと。
そんな人達に、私の経験を生かし、アドバイスが少しでもできたらと思い、実現のため大学に入学して、福祉の基礎を学んでいきたいと考えました。
入学したら障害者のゼミに入り、障害者の利便性と障害者スポーツを学び、いろいろな障害者スポーツの知識を吸収し世界と日本を比較し研究する事。
そして、日本の障害者スポーツはどうあるべきか。障害者がスポーツを通して何か得る事はできるか。そして重度障害者が楽しく生きていけるようなサポートをしていけたらという思いが表れたという気持ちの流れでした。
そうした夢を抱きながらも、困難であるとも思ってはいたものの、予想よりも困難な大学受験が始まります。

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