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【ボッチャ】006-競技人生を振り返ろう その4
ついにポルトガルの世界選手権大会へ。
2010年にボッチャの世界選手権大会に出場のため、ポルトガル・リスボンに向かいました。この大会もまた大きな意味のある大会でした。
その意味とは、直前の強化合宿でコーチに言われた一言に始まります。
「世界選手権、キャプテンを啓太に変える!」
といきなり告げられ、私は「えっ!?僕がキャプテン?」という思いと「ずっとやりたかった全日本キャプテンになってうれしい! 絶対に最高の結果を出してやる!」という意気込みました。
キャプテンは、試合中の戦術や駆け引きを読み、相方に指示を出す大きな役割があり、世界選手権大会という大きな舞台で、私の手腕が試される事となりました。
ポルトガルという熱い土地で、まずは日本初のベスト8を目指しましす。
世界選手権大会に旅立つ前日のメモに、こう綴っています。
「何だか落ち着いている自分。いよいよ明日から、ポルトガルにボッチャの世界選手権に行く。もう気付けば6回目の国際大会。今回は結果が全て。やらないといけない事や、遠征をどう乗り切っていけば良いのかも分かっていました。
私だけでなくBC3にとっても、今回は「背水の陣」であるだろう。勝たなければロンドンはない。ペアでベスト8にならなかった時点でほぼ消える。「がんばった」や「よくやった」ではない。勝つ事だけが宿命であり、日本代表としての責任だと思っている。何が何でもベスト8。
僕は初めてペアのキャプテンをやる。キャプテンでも何ら変わりはない。
ただ戦術を相方に言ったり指示したりするだけで、2人で勝ちに結びつければいいのだから。そして競技アシスタントも世界選手権で公式戦は初のコンビ。
しかし、やれる事はやってきた。心配はしていない。再び世界で戦える事はうれしいし今回は笑って試合を終えたい。僕たちは忘れもしない、あの試合。昨年のアジア選手権大会での3位決定戦での出来事。
せっかく同点に最終で追いついて延長で負けた事。負けた瞬間、コートから一歩も動けず二人とも泣きまくっていた。
今回は、あの「悔しさ」を爆発させるチャンス。是が非でも最高のパフォーマンスを初戦にきちんとできれば勢いが付く。逆に言えば初戦を不安定な状態で望む事は許されない。
いつも日本は、初戦に苦しむ事が多い。
だからこそ、初戦をいかに「楽しむ事ができるか」で変わってくる。どんな大会でも初戦は緊張するもの。ベストコンディションに整える事が最低やる事。
日本とポルトガルの時差は、マイナス9時間。私は選手として2週間前からポルトガルの時間を意識した生活を心がけてきました。携帯電話にもポルトガル時間を設定して、現地をイメージ。2回目の世界選手権に出場できる事、本当に幸せだと思っています。
4年前(2006年:ブラジル・リオデジャネイロ)は、大ベテランの2人の後に試合を行っていた自分。今回の世界選手権は、自分の手で結果を手に入れたい。自信はある。
個人戦も先回の17位を越えたい、ベスト8になっていきたい。今大会も多くの募金をしてくれた人達、支えてくれた人達、全ての人達に感謝して、明日から2週間、ポルトガル・リスボンの地でボッチャを思う存分、やってきたい!」
当時のメモをこのように残しており、キャプテンとなった事と過去の経験から気持ちが高ぶっており、今大会を通じて大きく成長したいと思っていました。
ちょうどその時、私は親知らずが腫れていて万全の調子ではなかったのですが、言い訳にしないと決めていました。
いよいよ大会当日、ペア戦から始まろうとした時、監督にこう送り出されました。
「啓太、思いっきりやってこい! お前ならやれる!」
送り出された私は、今までの国際大会と比較にならない程、すごく緊張していました。
初戦の試合開始。序盤、日本が劣勢に立たされます。
「絶対勝つ! 僕達は勝ちに来た!」と自分に何度も言い聞かせたものの、心臓がバクバクし、胃もキリキリして痛みながらも試合を続けた結果、終盤に日本が粘りを見せ追いつき延長戦のタイブレークに持ち込みました。
ただその時、アクシデントが起こりました。
私が、口から赤い液体を大量に吐きました。
まさかの血だと大会の組織委員会は大慌てになりましたが、赤い液体をよく見ると血ではなさそうでした。
そこで匂いを確認した所、私が日本から持参して食べていた名の代名詞、赤味噌の味噌汁でした。
念のため、私は初めて10分間のメディカルタイムアウトを主審に要求しました。気持ち悪さはなかったものの、試合会場が40度近い気温の中、室内もエアコンが入っていない状況でしたので、緊張と暑さで吐いたのだと思います。
10分間の休息時間で、一気に試合の流れが大きく変わりました。タイブレークは見事に日本が有利な展開に持ち込み、勝利を飾りました。
その瞬間、ホッと深いため息をつきました。
キャプテンとしての初勝利は、ハプニングがあったものの、ある意味語り続かれる歴史的な試合となりました。
この試合の勝利が、日本の勢いを作りました。
次の試合では、格上のチームにも関わらず、幸運が味方して大金星と言える勝利を手にしました。選手・競技アシスタント・コーチがこれまでにない大喜びの渦になります。
「このままの勢いで予選最終戦を勝って、日本史上初のベスト8に行こう! 絶対に行けるよ!」
とみんなで言い合い最高のムードになりました。予選最終戦も勢いのまま、日本のペースになり、何もかもがうまくいっていました。
私の心境は、「ボッチャ、こんなにおもしろいんだ! 楽しい!」と試合中のシビアな状況の中、新しい事をやり始めた少年のように楽しんでいました。
勝利が決まる瞬間、初戦とは違った意味で心臓がバクバクしている中、次第にいろいろな情景が頭の中で浮かんできました。
前回大会のリオデジャネイロでは、ずっと控えでものすごく悔しさを味わった事、就職活動で失敗した辛さ、今こういう舞台にキャプテンとして立っていられる事が幸せだと心巡らせていました。
予選最終戦を終え、ついにその瞬間が来ました。そう、日本が初のベスト8が決まったのです!
大興奮でした。予選リーグ全試合とも簡単に勝てたわけではありません。チームワークで勝ち取ったベスト8。監督から、
「君たち良くやった! ナイスプレーだ! ここまで来たら明日も勝って日本にメダルを持って帰ろう!」
という言葉をもらい、チーム全体で盛り上がりました。
しかし、勢いはここまででした。
準々決勝で、強豪に実力の差を見せつけられ、あっけなく破れてしまいました。何とも言い難い世界との差を痛感させられた。キャプテンとしての実力、経験値が結果に表れたなと感じました。
試合後、監督から、
「負けたけれど、よく戦い抜いた! 胸を張って日本に帰れ! 気持ちを切り替えて個人戦も楽しめ!」
とねぎらいの言葉をかけられました。
今日は、ここまで・・・。

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