【ブログ】765-障害ってなんだろう?と思う1日
今日は、ふと考えました。
「障害って、なんだろう?」
僕には重度の障害があります。
電動車椅子で生活していて、一人ではできないこともたくさんあります。
食事。
トイレ。
お風呂。
移動。
日常生活のいろいろな場面で、人の力を借りています。
医学的にも、制度上でも、僕は「障害者」です。
それは間違いありません。
でも38年間生きてきて、ときどき思うんです。
障害って、本当に身体だけの問題なんだろうか?
できないことはたくさんある
僕には、できないことがあります。
自分一人で歩くことはできない。
生活の中でも、誰かの手を借りなければできないことがあります。
でも、それだけを見たら、
「大変そう」
「かわいそう」
と思われることもあるかもしれません。
僕は、その見方に少し違和感があります。
できないことがある。
だから、不幸。
そんな単純な話ではありません。
僕にはできないことがたくさんあるけれど、
できることだって、たくさんあります。
僕は普通に人生を楽しんでいる
仕事をする。
会社を経営する。
ボッチャをする。
パラリンピックに出る。
友達と遊ぶ。
好きなものを食べる。
恋愛をする。
夢を見る。
悩む。
失敗する。
笑う。
そして、また新しいことを考える。
僕にとっては、全部いつもの人生です。
もちろん、障害があることで不便なことはあります。
「障害なんて関係ない」
と言うつもりもありません。
実際に困ることはある。
でも、
障害があることと、人生が不幸であることは全く別です。
障害は「人」にあるのか、「社会」にあるのか
例えば、車椅子で行きたい場所があったとします。
そこに階段しかなかったら、僕は入れません。
では、
僕が入れない原因は僕の身体なのでしょうか?
もしスロープやエレベーターがあれば、入ることができます。
そう考えると、
「障害」というものは、人の身体だけにあるのではなく、
環境によって作られる部分もある。
僕はそう感じます。
段差がなくなる。
設備が変わる。
制度が変わる。
人の考え方が変わる。
テクノロジーが進化する。
それだけで、昨日まで「できなかったこと」が今日からできることもあります。
手伝ってもらうことは負けではない
僕は一人ではできないことを、人にお願いしています。
昔は、
「自立=全部自分でできること」
というイメージが強かったかもしれません。
でも僕が考える自立は違います。
自分で選び、自分で決めること。
できない部分は、人の力を借りればいい。
僕だって、ヘルパーに手伝ってもらいます。
でも、
何を食べるのか。
どこへ行くのか。
何を仕事にするのか。
誰と会うのか。
どんな夢を追うのか。
それを決めるのは僕です。
身体を手伝ってもらっているからといって、
人生まで誰かに決めてもらう必要はありません。
「かわいそう」ではなく、一人の人間として
障害者を見るとき、
障害だけを見ないでほしい。
車椅子の人。
介護が必要な人。
ではなく、
その前に一人の人間です。
性格があります。
好き嫌いがあります。
夢があります。
恋愛もします。
腹が立つこともあります。
くだらないことで笑うこともあります。
そして僕自身、
特別扱いされたいわけではありません。
一人の人間として見てもらいたい。
それだけです。
障害ってなんだろう?
今日一日、
そんなことを考えていました。
僕にも完璧な答えはありません。
もしかすると、答えなんて一つではないのかもしれません。
身体に障害があること。
社会に障壁があること。
人の心の中に「障害者はこういう人」という思い込みがあること。
いろいろなものが重なって「障害」になるのかもしれません。
だから僕はこれからも、
自分自身の人生を通して伝えていきたい。
障害があっても、人生にはたくさんの選択肢がある。
できないことがあれば、人の力を借りればいい。
方法がなければ、作ればいい。
前例がなければ、最初の一人になればいい。
そして何より、
障害があるからといって、夢まで小さくする必要はない。
今日改めて思いました。
障害ってなんだろう?
僕はこれからも、この問いを持ちながら生きていきます。
そして、
「障害があるか、ないか」よりも、
「その人がどう生きたいのか」を大切にできる社会になってほしい。
そんなことを考えた1日でした。
コメントを残す